パインアップル農家 沖縄県・新里さん

畑で完熟したパインアップルが、ジュースになる。畑で完熟したパインアップルが、ジュースになる。
パインアップルの果実、よ~く見ると何かに似ている。。。松ぼっくりみたいでしょう?だから、パイン(松)+アップルと名づけられたんですって。 すごく大きな松ぼっくり!剣のようにしゅっと長い葉っぱの中心から茎が伸びて、一個の実をつけるのですが、 その松ぼっくりの「かさ」のような部分のひとつ一つが果実なんですって! だからパインアップル一個は、じつは、た~っくさんの果実の集合体なのでした。知れば知るほど、びっくり新事実いっぱい!のパインアップルです。
生で食べても美味しいパインアップルの品種改良に成功
生で食べても美味しいパインアップルの品種改良に成功
沖縄でパインアップルが本格的に栽培されるようになったのは、太平洋戦争が終わってから。 さとうきび畑や米軍払い下げ地などを整備して、主に缶詰用品種が栽培されていたそうです。 ところが、缶詰製品の輸入自由化などで大打撃を受け、缶詰用品種から、もっと付加価値の高い品種の栽培へ転換を図ることに。 生で食べて味の良いパインアップルを求めて品種改良を重ね、「ゴールドバレル」など、独自の品種が生まれました。
沖縄県国頭郡東村。沖縄でパインアップル生産量No.1のエリアです。この東村で「ゴールドバレル」育成に尽力した玉城さんの下、 パインアップル栽培修行中なのが、新里さんです。玉城さんの娘さんとの結婚を機に、パインアップル農家に転身!厳しくも温かい指導を受け止めて、 新しい農ビジネスの未来に希望を拡げています。
一つの実に一つの花が咲きます
剣のような葉は、のこぎりのように肌を傷つける
剣のような葉は、のこぎりのように肌を傷つける
亜熱帯の沖縄の夏。肌を焼くような日差しのなかでパインアップルの手入れをしたり、収穫するのは、大変な重労働です。 しかも!写真をご覧になればわかるように、パインアップルの葉先は鋭く尖っている上に、縁に細かいギザギザがあり、手入れや収穫の際、 このギザギザ葉っぱに触ると、たちまち切り傷や刺し傷が!「手袋や腕カバーを身に着けているんですが、服の上からでも刺されるし、 ちょっとした袖の隙間部分が触ったりして、切り傷は絶えませんね~。でも、こんぐらいの傷でオタオタしとったら、 パインアップル農家はやってられません!」と新里さん。豪快に笑って見せてくれた腕には、いっぱい傷がついてました(>_<)。 お風呂に入るときは、チクチクするんだとか。でも「それも慣れっすよ!慣れ!」なんだそうです。逞しい新里さんの横で、 奥さまも「うんうん」と可愛い笑顔でうなずいていらっしゃって。。。まあ、新里さんはいいでしょうけどね(笑)、 可憐な奥さまの柔肌は大丈夫?と、つい、お節介な心配をしてしまいました!
手入れのいい、美しい畑からしか、ホントに美味いパインアップルは獲れない。
手入れのいい、美しい畑からしか、ホントに美味いパインアップルは獲れない。
という言葉は、新里さんのお師匠さま・義父でもある玉城さんの口ぐせで、新里さんが肝に銘じている言葉でもあるそうです。 「パイン修行も3年目。東村で一番こだわりのあるパインアップル名人・お師匠さんの下で修業してると思うので、幸せもんです。 いろいろ応援してもらっているし」と新里さん。
奥さまは、もとはパティシェでケーキづくりに腕を振るっていましたが、ある日・・・「パインアップルを使ったケーキをつくっていたら、 すごく美味しいパインアップルで、それが父がつくったパインアップルだったんです。すごい!と、改めて尊敬しちゃって!」(笑) 新里さんは結婚前から玉城さんの家に住み込んで「修行」を続け、結婚2年後に独立して畑を任せてもらえるようなりました。 ちょうどその頃に生まれたのが長女のはるなちゃん。ご夫婦にとっては、愛娘の成長とパインアップル農家としての成長が重なって見えているようです。
家族みんなで成長中です!
家族で一つの目的に向かって、いろいろ助け合えるのが、何より!
家族で一つの目的に向かって、いろいろ助け合えるのが、何より!
「ウチのパインアップルの美味しさや評判が口コミで広がり始めて、うれしいし、手応えを感じています」と話す新里さん。 1軒につき10000坪の畑、というのが一般的なパインアップル農家の目安だそうですが、「やっと少し自信もついてきたし、 畑の面積を2倍に増やすのが当面の目標」だそうです。パインアップル農家も高齢化が課題ですが、「若い仲間も増えて始めています」とうれしそう。
「脇芽を利用して次シーズンの苗を育てるんですが、最近は自分の分だけでなく、苗を売るビジネスも始めたんです。 うちの苗は生命力がある、根性があるらしくて(笑)、ほんとパインアップルは捨てるところがない」と胸をはる新里さん。 より大きな株・丈夫な株をつくるコツを、今、必死でお師匠さんから学んでいる最中なのだそうです。 「師匠が引退するまでに、名人の技を、絶対に身に着けてやる!と思っているんです」。 「厳しい父の下で修業して3日続いた人がいなかったので、根性あるなあ、と見直しているんですよ」という奥さま。 家族の力をあわせて頑張る姿が頼もしいお二人でした!!
濃厚な甘さをご堪能下さい!