夏ミカンは「ナツダイダイ」が本来の名称でしたが、夏に出回るので「夏みかん」と呼び慣わされ、今では「夏ミカン」が正式な名前になっています。
昭和10年頃、大分県津久見市の畑でひときわ甘い実をつける<変異種>が発見され「甘夏」として全国に広まりました。
一時は温州ミカンに次ぐシェアを誇っていましたが、さまざまな柑橘類が輸入され始めたことでガクンと生産量が減少。
それでも初夏のフルーツとして清々しい酸味を愛する人々も多く、生産者も皮を薄く改良してむきやすくしたり、
糖度をあげるなどの工夫を重ねており、現在でも根強い人気があります。
広島県尾道市・多々羅大橋を望む段々畑で甘夏を育てている片山さん。
「あれやこれや、新しい品種が次々に出てくるけん、ミカンの名前、よう覚えん(笑)。
これ(甘夏)は昔から作っとるけん忘れんし(笑)、愛着があるな」。
以前ほど数多くは作らなくなったそうですが「都会に住む子どもたちや親戚に届けたい故郷の味」でもあるのだそうです。
海に囲まれた瀬戸内の島々は、雨が少なく冬は温暖で、夏ミカンや甘夏、八朔(ハッサク)、ネーブル、
ポンカンなどの中晩生柑橘の産地として有名です。中晩生柑橘とは、おおよそ12月以降~翌春・夏に収穫する柑橘類のこと。
樹上で冬を越したり、収穫後の長期保管で酸度が減り、食べ頃になるミカンたち。
自然交配や突然変異、あるいは人が品種改良することで、日本にも多様な中晩生柑橘が生まれています。
尾道市・因島原産の柑橘が「八朔(ハッサク)」。1860年頃、というと江戸時代(安政~万延年間)ですが、
因島のお寺の境内にあったミカンが「八朔=8月1日から食べられる」というので、「八朔」と名づけられ県下で栽培されるようになったそうです。
全国に広まったのは戦後、「温州みかん」「甘夏」に次ぐシェア第3位の柑橘だったこともあります。
研究の結果、ブンタン(文旦)を片親として、他の柑橘との交配で偶然生まれた品種、と分析されています。
多彩な柑橘が栽培されている瀬戸内の島々。5月初めの花時には、いろんなミカンが次々に開花して、芳しい香りが島全体を包みます。
居ながらにしてアロマテラピーという、うらやましい毎日!ところが、花時はいっせいに虫がうごめく時期でもありまして…。
「雌しべの根元のところが実になるんよ。花の時にちょっとでも虫が入ってきてかじったり、脚でひっかいたりする。
実が太ったときに、それが大きい傷になるんや。だから花時は害虫防除で大変!」。
温暖な瀬戸内の島々は、初夏の晴天日は夏を思わせるような気温。防除服にすっぽり身を包んでの作業は汗だくで、体重が減るほどの重労働だそうです。
品種ごと、次々に花開くミカンたちを追いかけて、ひと月以上、汗まみれの作業が続くのです。
開花を迎える前に済ませておく作業が剪定。「枝が茂っとると実に光が当たらんから、色づきが悪くなる。
枝をすいてやると、虫も来んようになるし、余計な枝で実が傷つくことも少なくなる。せやから、すいてやらんと。
若いもんは忙しいけん、私らがせんと。それに、山の畑を歩いておるのは健康にもええしね(笑)」と片山さん。
主に、樹の内側に向かって伸びた枝(=内向枝)を切るのですが、あまり切り過ぎてもダメ。
陽が当たり過ぎて樹が弱ってしまうのだそうです。「ミカンはけっこう、ごっそり剪定するから、のこぎりを使うことも多いかな。
ほんでもレモンなんかは、こんなに切ってもええんか!と思うぐらい切るけど、ミカンは『迷ったら切るな』ともいわれとる」。
急斜面の畑、剪定ばさみとのこぎりを手に、ひと枝ひと枝、着実にすいて行く片山さん。
ゆったり歩いているようでもすぐに姿が見えなくなるのは、さすが長年足腰を鍛錬してきた成果かも?
健康に役立っているという言葉も納得です。
瀬戸内で梅が満開になる2月下旬ごろ。「甘夏」の収穫が始まります。
初夏に出回るフルーツですが、じつは、収穫後2~3ヵ月倉庫などで保存して酸度を下げてから出荷するのです。
片山さんの畑ではご夫婦で仲良く作業の真っ最中。「カミさんは、瀬戸の花嫁なんや」と紹介してくださった片山さんの傍らで、
「そうなの、歌の文句と一緒で、島から島へ船でお嫁に来たのよ」と微笑む奥さま。
たわわに実った甘夏の樹の下は、黄色いぼんぼりで飾られた童話中のミカン王国のようです。
真っ青な海と暖かな陽ざし、海を渡ってくる風に吹かれながら、ご夫婦で仲睦まじく収穫作業…ちょっとうらやましくなる暮らしぶり!「ケンカしとっても、ミカンと話しながら収穫しとるうちに忘れるわなぁ」。
甘夏のように、酸いも甘いも飲み込んで、まろやかに熟成したご夫婦の言葉が心に残りました!
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